日本国有鉄道労働運動史【鉄労視点】

日本国有鉄道労働運動史、鉄労視点で綴るblogです

新潟闘争後の国労新潟の動きを中心に (新組合結成)

二ヶ月近く更新が滞ってしまいましたが、再び国鉄民主化への道を参照しながら、他の資料も参照しながらアップさせていただこうと思います。 共産党・革同派の王国だった新潟鉄道管理局管内 新潟闘争前の新潟地本は、共産党・革同派の拠点であったそうで、新…

支社制度、具体的な取り組みを四国支社に見る【国鉄当局部内紙から参照】

鉄労視点と言いながら、今回は当局の支社制度設定の狙いなどを当時の資料を参照しながらご覧いただこうと思います。 本社の権限を降ろして支社で自発的な行動を期待 支社による積極的経営を期待 旅客車について 貨物輸送について 参考資料として 本社の権限…

国鉄における支社制度発足

国鉄発足と鉄道局の改編 この制度が発足する以前は、鉄道局に代わるものとして、地方機関を統括する制度として昭和25(1950)年8月1日に 国鉄発足直後の管理体制 この改正は、GHQの意向によるもので、経理と営業部門が本社直轄となっていました。天王寺鉄道…

国労大会の模様から

いつもは、「国鉄民主化への道」から、アップさせていただくのですが、今回は少し毛色を変えて、国鉄部内紙(国有鉄道 昭和31年10月号)の記事「国労大会」から見ていこうと思います。当時、機関車労組は、国労から分裂していましたが、まだ鉄労は誕生してお…

春闘のはじまり 第3話

久々に更新させていただきます。 今回も春闘の始まりと言うことで、国鉄民主化への道を底本にご覧頂こうと思います。 神武以来のストライキ 朝鮮動乱で、経済復興のきっかけを作った日本は、順調な経済発展を遂げ、家電製品の(電気洗濯機・電気冷蔵庫・テレ…

社会統一と保守合同(番外編)

55年体制始まる 昭和30年(1955)は、政治にとって非常の興味深い年でもありました。 左派と右派で分裂の危機にあった、日本社会党保が再統一を図り、ともに保守政党である、自由党と民主党が合同して、現在の自由民主党が誕生することとなりました。 これに…

春闘のはじまり 第2話

春闘のはじまり第2話として、今回も引き続き、鉄労の国鉄民主化への道を底本にして、ご覧いただこうと思います。 昭和30年、国鉄にとって大きな変換点 さて、春闘が始まった昭和30年、国鉄を取り巻く環境として、下記の通り二つの大きな出来事がありました。…

春闘の始まりと労働組合

春闘のはじまり 春闘、最近は春闘と言っても、本当にストライキをしたりするわけでもないので形骸化したイメージがありますが、春闘という言葉が最初に使われたのはいつかご存じでしょうか? 春闘は、昭和29年、総評加盟の5つの単産*1(炭労、私鉄総連、合化…

新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第十一話 鉄労の原点となった民主化同盟とは?

長らく更新できず、申し訳ありませんでした。 今回も、国鉄労働組合四〇年史と国鉄民主化の道を参考にお話を進めさせていただきます。 国労の分裂は新潟闘争前からあった? 国労の分裂は、新潟闘争前からあったことが、国鉄民主化の道を参照しますと伺えます…

新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第一〇話

本日から、新潟闘争以後のお話を進めさせていただこうと思います。 今回も、主たる資料は鉄労の、国鉄民主化の道を参考にしながら、国労四〇年史などを随時参照しながら書かせていただく予定としております。 新潟地本は、共産党・革同派の拠点? 新潟地区に…

新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第九話

ほぼ1ヶ月ぶりの更新になります。 新潟闘争は妥結するどころか更に悪化の一途を辿ることになりましたが、その辺のお話しをさせていただこうと思います。 交渉決裂後も、独自の闘争を展開する新潟地本 河村・細井会談の打ち切り後、国労中闘委員の細井は15日…

新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第八話

久々に、更新をさせていただきます。 今回は、新潟闘争での国労中央闘争委員と新潟鉄道管理局長の交渉について見ていきたいと思います。 本日も、鉄労友愛会議の、「国鉄民主化への道」を底本として、アップさせていただきます。 国労中央闘争委員と新潟鉄道…

新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第七話

いよいよ新潟闘争の内容には歩を進めていこうと思います。 長らく更新が遅れて申し訳ありません。 すれ違う、新潟地本の思惑と国労本部 新潟闘争は、国労地本と国労本部との牽制というか、共産党の影響を排除したい国労本部と、共産党が強い新潟地本との関係…

新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第六話

久々に更新させていただきます。国労の闘争は、共産党の指示によるもので、業務は混乱を招き、特に貨物列車の運休は甚大な被害を利用者に与えることとなりました。【後述】 これをうけて、当局はも腹をくくり、考案で対応できないときは県警の夜警察力を導入…

新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第五話

越後滝谷駅長を監禁したのは当局がマークしていた人物だった 今回の処分撤回闘争で解雇になったのは、新潟鉄道管理局工事課勤務、元国労地本委員長中村光夫氏、国労地方執行委員佐藤昭二氏の2名でした、このうち中村氏は、昭和28年(4年前)の年末闘争で解雇…

新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第四話

本日も、鉄労友愛会議の「国鉄民主化への道」を参考に、国鉄の労政と労働運動(下) 有賀宗吉を参考に、新潟闘争について迫ってみたいと思います。 新潟闘争のきっかけは2名の解雇者 新潟闘争の発端は、四月春闘の処分撤回闘争による2名の解雇者でした。こ…

新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第三話

本日は、出張先から書いているため、十分な資料が手元にないことから、国鉄の部内紙等を参考に、新潟闘争について語ってみたいと思います。 元々は賃上げ闘争の問題から発生した歪みが、結果的にこれほど大きくなってしまったのはどうした理由からでしょうか…

新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第二話

本日も、国鉄労働運動史(鉄労視点)ということで、新潟闘争について鉄労の国鉄民主化への道を参照しながら、書かせていただこうと思います。 最初にいつも申し上げていることですが、鉄労に肩入れするとか、国労に肩入れすると言うことではなく、事実に基づ…

新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第一話

いよいよ、今回から鉄労の本を参照しながら、新潟闘争以降の動きを見ていきたいと思います。今回参考にさせていただくのは、鉄労友愛会議編纂の、国鉄民主化への道という書籍からになります。Facebookのお友達の方から、国有鉄道史を研究されているのであれ…

新潟闘争の伏線となった、白新線要員事件

今回から、新潟闘争の実際について鉄労友愛会議編纂の「国鉄民主化への道」を参考に書、鉄労の誕生のきっかけとなった、新潟闘争から始めたいと思います。 新潟闘争の伏線となった、白新線要員闘争 新潟闘争が起こったのは、昭和32年ですが、実はこの前年、…

鉄労誕生までのお話 第2話

正直、鉄労視点で書かれた組合関係の記事というのは意外と少ないのですが、当時の資料などを参照しつつ、弊サイト、国鉄があった時代並びに、関連blog、日本国有鉄道 労働運動史等をリンクさせながらお話を進めさせていただければと思っています。 しかし、…

鉄労誕生までのお話 1話

鉄労視点で書かせていただくといいながら、そのままになっていましたが、本日よりスタートさせていただきます。 鉄労という組織はいつ誕生したのか、元々はどのような組合だったのか、その辺からスタートしたいと思います。 国鉄労働組合 鉄労も、元は国労か…

鉄労視点による労働運動史

こちらでは、鉄労視点による労働運動史として書いていきたいと思います。 国鉄には、国労から派生した、動労、鉄労、更に動労から派生した全動労、千葉動労などがありますが、こうした組合のうち、民同右派の鉄労視点から見た労働運動としてアップさせていた…